เข้าสู่ระบบ飛行機を何度も乗り継ぎフィリピンを離れて日付をまたいだころ、私はようやく四国の松山空港に降り立つ。
フィリピンの八月も暑い。 空港の扉を抜けた瞬間に身体へまとわりついてきた日本の蒸し暑さは、これまで経験したことのないものだ。 暑いというより空気そのものが身体に張りついてくるような感覚。 息を吐き水分を口に含む。 これから、ここで暮らす。 そう思ってみてもまだ現実感がない。 空港の手荷物受取所で、自分のスーツケースが出てくるのを待っていると、後ろから声をかけられた。 「あなたも実習生だよね?」 振り返ると、訓練校で見かけたことのある女の子が立っている。 顔は覚えている。 でも、名前までは思い出せない。 日本へ行く準備や家族のことを考えるだけで精いっぱいだった私は、訓練校で一緒だった人たちの名前を覚える余裕さえなかったのだから。 「え、えっと……」 戸惑っている私を見て、その女の子は笑っている。 「私はアンジェリカ。アンジェリカ・クルス。よろしくね」 「マリア・アン・サントス。よろしく」 互いに名乗ると、アンジェリカは私の顔を見ながら、 「私たち、年齢同じくらいかな?」 と言った。 「たぶん」 二人で笑っていた。 それだけの短いやり取りだが、今までの緊張の糸が緩んだ気分だ。 やがてスーツケースが流れてきて、それぞれ荷物を受け取り、空港の出口へ向かう。 私たちを迎えるバスが待っていた。 他の実習生たちと一緒に乗り込むと バスは松山空港を出発。 窓の外には見慣れない日本の街が流れ始めた。 道路を走る車を眺めていると驚きの連続である。 日本車ばかり…。 フィリピンでは日本車は丈夫で長く使える車として人気があり、私の暮らしていたダバオでは日本車を持っていることが一つの豊かさの象徴に見えた。 それが日本では、当たり前のように何台も走っている。 思わず一人で笑ってしまう。 「日本だから、当たり前か……」 すると隣の席から声がした。 「日本車ばかりだ!」 アンジェリカが、子どものように目を丸くして窓の外を見ている。 「私も同じこと思ってた」 「本当?」 「うん」 二人で顔を見合わせて笑った。 ほんの小さな出来事なのだが、知らない国へ一人で来たと思っていた私にとって同じことを考えている人が隣にいることは、それだけで心強い。 バスは松山市内を抜け、隣の東市へ向かって走っていく。 街の明かりが徐々に遠ざかり、夜の景色が窓に流れる。 実習生は、すぐに介護施設で働くわけではない。 まず東市で一か月、日本で生活するための勉強をする。 日本では靴を脱ぐ場所があること、挨拶の仕方、介護施設での言葉遣い。 覚えることはたくさんある。 介護の仕事について学び日本語の読み書きも覚えなければならない。 その一か月を終えてから、それぞれの施設へ迎え入れてもらうことになっている。 一か月後のことを考えると、胸の奥が苦しくなった。 どんな人がいるのだろう。 ちゃんと日本語が話せるだろうか。 介護の仕事を覚えられるだろうか。 失敗したらどうなるのだろう。 考え始めると不安はいくらでも出てきた。 ダバオとは違う夜だった。 見慣れない道路、見慣れない建物や看板。 これから暮らしていく日本という国。 バスのガラスに映った自分の顔をぼんやり見つめた。 日本には家族もいない、友人もいない。 私は一人ぼっちでも働いて仕送りするのが自分に与えられた役割なのだから。 帰る場所はあるけれど今の私にはそこへ帰ることはできないような気がしてならない。 バスが暗い道を進んでいく。 隣ではアンジェリカが、まだ楽しそうに窓の外を眺めている。 そんな彼女を横目で見て笑っていた。 日本で最初にできた知り合い。 それだけなのに今は不思議と心強い。 やがてバスの速度が落ち、知らない町の明かりの中へ入っていく。 もう一度、窓の外を見る。 ここで暮らすのか。 この知らない国で。 この知らない町で。 そして……。いつものラーメン屋で柴崎さんとラーメンを食べていた。さっき、グエンの見送りをしてきたばかりだった。空港行きのバス停で手を振る彼女の顔は寂しさよりも安堵に近かった。「ベトナムで結婚して、家族と暮らす」その言葉には迷いがなかった。私にはまだ、そんな迷いのなさが遠い。唐突に、柴崎さんが口を開いた。「明日、休みは予定ある?良かったら家で食事しない?」翌日は柴崎さんの家に招待され手料理をご馳走になる。食べ終えた後、洗い物をお母さんに任せ縁側に座り込むと、隣にすっと柴崎さんが腰を下ろした。台所からは、お母さんがラジオに合わせて歌う伊予弁混じりの鼻歌が微かに聞こえていた。「また何か考えとる顔しよる?」柔らかい声に顔を上げる。相変わらず私の些細な変化に気づく。「べつに、なんでも……」誤魔化そうとしたけれど、急かすでもなく、ただ黙って隣にいてくれた。その沈黙が、かえって言葉を引き出した。「グエンを見送ったでしょう。あれから他人事じゃない気がして。技能実習が終わっても特定技能に変えれば、まだ日本で働ける。でも、その先は……ってずっと考えてます」私にはまだグエンのように迷いなく未来を決めることができていなかった。「その先……か」柴崎さんは繰り返し庭先へ視線を移した。夏の終わりの虫の声が、二人の間の隙間を埋めるように響いている。「マリアさんには松山におってほしいと思うけど、それは僕の勝手な願いやけん。マリアさんはどうしたいん?」「自分でもわからないんです、ただ最近すごく家族に会いたいです…」「うん。家族に会いたい気持ちがマリアさんの願いなら優先したら良いんよ」柴崎さんはそう言って困ったように笑う。本心からの言葉ではないことくらい、すぐに分かる。優しさともどかしさが入り混じったような笑い方が嫌だった。その言葉と表情は私の胸の奥を締めつける。ダバオにいる母や弟たちの顔が浮かぶ。電話越しの声だけでは足りないと感じる夜が、このごろ増えていた。母が編んでくれた古いショールの匂いを時々無性に嗅ぎたくなる。同時に、柴崎さんやお母さんと囲んだ今日のような食卓の温もりも手放したくないほど大切なものになっている自分がいる。二つの故郷を同じだけ愛してしまったことが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。「帰るか、残るか……そうやって二つに一つを
突然の涙に狼狽えている柴崎さんとは逆に不思議なくらい冷静な私。「大丈夫です、すみません」そう伝えながらも視線が目の前の景色から離れない。「この場所は…?」「この場所は昔は遊園地があってね、でも僕は船が往来するこの場所を見る方が好きやったんよ」「マリアさんに見せたくてね」「子供の時から変わった子だったんですね」涙を拭き取りながら笑ってしまった。「変わって…るよなあ、たしかに」神妙な顔をして呟いてるのが可笑しくて笑いが止まらない。「柴崎さん」ふいに、私の口から出た。「私もあなたが気になってます、元気がないと私も不安になるけどあなたが元気だと私も嬉しくなります」柴崎さんは何も言わずに私の手を握った、ただそれだけ。側にいるだけの距離が心地よい。私たちは目の前の景色をずっと眺めていた。柴崎さんが私をこの場所に連れて来てくれた。故郷に似た景色を大事な人と見ている。ただ、それだけで私は満ち足りた気持ちになれる。いつか柴崎さんにもダバオの海を見せたい、いや一緒に見ようと思う。今日のように、また手をつないで。帰り道、私は何気に柴崎さんの年齢を聞いた。「僕?25歳だよ」「え!25歳?!35歳くらいかと…」「すみません」「よく言われるんよ…。老けて見えるって」悲しげな後ろ姿が可愛かった、なのでお詫びも含めて、「好きです、そのお顔!」と。今日この人は何回真っ赤なお顔をしたのだろう…。真っ赤なお顔が私は大好きだ。
食べ終わった頃、 「おばちゃん、注文した豚玉出来てる?」 慣れた感じで入ってきた常連客に柴崎さんが反応した。 「あれ?中村か?」 座席から立ち上がり入口へ歩いて行く柴崎さん。 「中村!」 「お?真か?久しぶりだな」 二人は話ながらアーチェリー?を引く仕草をして笑っている。 そして、また店に小柄な眼鏡をした女性が入ってきた。 「ハル、注文出来てたん?」 髪が長くて綺麗な女性。 三人は知り合いのように見える、夫婦かな? 私の方を向き二人が会釈をしてくれた、 「こんにちは…」 椅子から立ち上がり私もお辞儀をする。 女性は私の側まで来て、 「柴崎さんのお友達かな?中村と申します」と丁寧に挨拶をしてくれた。 「マ、マリアです。フィリピンから来ました」 緊張してしまうくらい、綺麗な女性だ…。 「日本語で大丈夫かな?英語教師なので英語なら話せるけど」 「日本語で大丈夫です、はじめまして」 「綺麗な発音ですね」 「ありがとうございます、嬉しいです」 「舞、行くぞ」 「はーい」 去り際に柴崎さんに向かって 「またな真。『また、やろう』」と。 「ではまたね、マリアさん!」 二人が店から出た後、 「ごめんごめん、知り合いが居たから話し込んでしまった…。」 あの男性と話す柴崎さんは雰囲気が変わってみえた。 「お知り合いのご夫婦ですか?」 「うん、あいつらは幼なじみって聞いてる。僕とさっきの中村は弓道の因縁というか…。勝てんかったんよ」 柴崎さんが話し始めたのはハイスクール時代にキュウドウなる日本の武道をしていたらしい。 別のハイスクールに通っていた中村さんもキュウドウ部に入り、二人は大きな大会で最後まで競い合ったらしい。 でも、柴崎さんは一度も中村さんに勝てなかったそうだ。 「中村のやつ、『また、やろう』なんてあの時も…」 私の対面に座っているのに中村さんの話しになると窓の外を見ながら話す。 思い出を振り返ってるのかな? 凄く楽しそうに話す柴崎さんは職場で見せない顔。なんだか可愛い。 「たまにこの店で会って話すんよ」 まだ嬉しそうに話す姿は柴崎さんには大事な友人なのだろう。 私もアンジェに再会したら顔が緩んでしまう。
車内の気まずい雰囲気を壊す様に 「ラーメンより美味しい食べ物があるんよ」 「今日はソレ食べてみん?」 「ソレ?食べてみたいですね」 そんな事言われたら即答だ。 それより…。 私の扱い方が上手になってる気がしたが、食べ物の誘惑にはかなわない。 ソレなる食べ物は、三津浜にあるらしく柴崎さんら松山市民にはソウルフードらしい。 車内でそれはそれは美味しい食べ物で自宅で調理しても再現出来ないそうだ。 想像がつかないが、スープ料理とかか?秘密のレシピでしか作れないのか…。 「到着したぞ~」 ん?店はあるが真横は郊外電車駅前。ただこの駅は無人駅で周りは民家しかない。 「ここですか?」 駅の踏み切り横にあるこの店、店というより民家一体の小さな店だが…。 「僕が子供の時から食べてきたけど、味はこの店が一番やと思うんよ」 「はあ…良い匂い」 未知なる店を開くとソースの焼ける匂いが充満しており、もう胃を刺激しまくっていた。 「なんですか?このお店は…」 「ここはね、三津浜焼きのお店。もう普通のお好み焼きでは物足りなくなるよ」 「へぇっ!」 私はその言葉に喜びを隠せなかったからだ。 「お好み焼きより美味しいお好み焼きですか!」 「うん、まあまずは座ろうよ」 「はい!」 もう注文は決まっている。ラーメンと違い私はお好み焼きにはちょっとうるさい。 お金が無かった時期にYouTubeで見よう見まねでカンサイ風なるお好み焼きを作っていたからだ。 「豚玉で!」 さっさと注文しようとしたが、 「そばはシングル?ダブル?」 と柴崎さんが言う。 「そば?」 「あはは、三津浜焼きは関西風とは違ってそばが入るんよ。最初やしシングルにする?」 「はいっ!では、豚玉シングルでっ!」 注文している私を見て、 「面白いっ」 と笑っている柴崎さん。 いくらでも笑うが良い。 もう胃が、本能が絶対美味しいと言っている。 お店の方は鉄板で丁寧に焼いている、見ているだけで楽しめる。 作り方はシンプルだ、なんでこれが自宅では再現出来ないと言うのだろう。 「どうぞ~」 運ばれてきた三津浜焼きは真ん丸ではなく半月に折られている。 見た目がすでに違う、ソースの上がキラキラしている…。 よくみるとイリコの粉末と青のりだ。 「綺麗…」 「さあ、食べ
朝から鼻歌が止まらない。 今日は柴崎さんと食事に行く予定だからだ。 後ろからグエンが、 「何かあったなあ~」 めざといグエンが目を細めている。 「別に…、またゆっくり話すから」 なんだか人に話すと昨日の話が消えてしまうのではないかと思ってしまう。今は私だけの秘密にしたかったから。 「ふーん」不機嫌そうに立ち去るグエン。 「早く支度しなよ、早出でしょ?お見送りしてあげる」 「はいはい」 お見送りは私たちの疑似家族みたいな儀式になっていた。 グエンが出勤してから掃除をしていたらスマホが鳴った。 誰だろう? 「あっ!」 アンジェが子供を抱いている画像だった。 メッセージには無事出産の報告と 大事な親友の名前にあやかってマリーにしたよ。と。 日本に来た初日、ベッドで泣いていたアンジェがママになった。 今思えばアンジェが妊娠した時に私はおめでとうと心から祝福したつもりだったが、アンジェは不安だったと思う。 Binabati kita! Nawa’y pagpalain kayo ng Diyos, ikaw at ang iyong napakagandang anghel na si Marie. (おめでとう!あなたと、あなたのとても素敵な天使マリーに、神様の祝福がありますように) 返信した後、いつか帰国した時に小さなマリーと会える楽しみができたと嬉しく思えた。 掃除を終え鏡の前で何度も前髪を直している、落ち着かない。 待ち合わせは駅前、また柴崎さんが先に待っている。 「すみません、遅くなりました。今日はどこに行くんですか?」 「うん、三津浜まで行こわい。マリアさんに見せたい景色があるんよ」 いつものラーメン屋ではなく少し遠くの港町まで行くと言う。 昨日までとは違い、伊予弁はなんだかくすぐったい。 車の中は静かだったが気まずさはなかった。 窓の外を流れる景色を見ながら私はふとスマホの中のアンジェの写真を思い出していた。 「そういえば、今朝アンジェから連絡が来たんです」 「アンジェさん?」 「訓練校で一緒だった子です。帰国してから、無事に赤ちゃんを産んで、名前を『マリー』にしたって」 写真を見せると柴崎さんは一瞬だけ目を細めた。 「マリーって、マリアさんから取ったん?」 「はい。恥ずかしいですけど、そう言
仕事が終わる前に、柴崎さんに「話がしたい」と伝えていた。 「では、ラーメン行きますか?」と誘われたが、 「東屋で話したいので……」 とだけ返した。 夕方五時を過ぎて、施設の裏庭は橙色に染まりかけていた。 東屋の屋根の下はもう影になっていて少し肌寒い。 誰もいない園庭に、遠くから虫の声だけが響いている。 先に着いて木のベンチに座って待っていた。 「お待たせ。どうしたの?」 柴崎さんが小走りでやって来る。 私と柴崎さんの間には、ベンチ一つ分くらいの距離があった。 「ドナから聞きました。私が平手打ちされた時、走って来てくれたそうですね」 「あ、う、うん……」 さっきまで平然としていたのに、柴崎さんは目を逸らした。 「心配して頂いてありがとうございます」 私は覗き込むようにして、記録のことを問い詰める。 「ドナや他の実習生の記録は手直しされているのに、私だけ注意されますよね」 ここは正直、気に入らない。 区別する理由を聞いておきたかった。 「マリアさんは、教えた分だけ吸収するから」 この人なぜ、顔が赤いのだろう。 さらに食い下がる。 「それだけですか? 本当にそれだけ?」 一拍置いて、柴崎さんはボソボソ下を向いたまま、 「……が、……でき……思って……」 「なんて言ったか聞こえません!」 はっきり言わないのは私への不満なのか? 柴崎さんの顔はますます赤くなっていく。 私の怒りはどんどん膨らんでいく。 はっきりしないのはいつものことだけれど、今日だけは聞かずにいられなかった。 「なんです? 大きな声で言ってください!」 怒りが頂点に達したところで、柴崎さんが口を開いた。 「Akala ko makakapag-usap tayo……」 (話ができると思って……) 「えっと…?」 頭に上っていた血がすっと引いていく。 ——いや、待って。 「Gusto mo bang makipag-usap sa akin?」 (私と話がしたかったの?) 「Oo.」 (うん) お互い耳まで真っ赤になったまま黙り込んだ。 虫の声だけが、さっきよりも大きく聞こえた。 さっきまでの苛立ちが、今は気恥ずかしさに変わっている。 柴崎さんも落ち着かない様子でベンチの端をぎゅっと握っていた。 「わ、私と話したい理由は







